その仕組みがシンプルであり、なおかつ投資家はメリットを享受できるため預託証券の活用は米国だけにとどまりません。
特に欧州の主要市場であるルクセンブルクやロンドンなどでは、投資家からの要望もあり預託証券の発行実績は米国に引けをとらない水準にあります。欧州で取引される預託証券は、仕組みそのもので異なる点はないものの、上場に必要とされる条件がADRほど厳しくないなど発行条件が異なっているため、預託証券の発行を欧州のみで行う企業もあるようです。
ADRとの混同を防ぐ目的もあり、米国以外の欧州市場で上場される預託証券はGDR(Global Depositary Receipt)と名付けらています。GDRとして上場されている銘柄としては、ロシアの主要企業や英国の植民地として欧州との関係が深いインドの有力企業などがあります。また近年では欧米だけではなく、拡大するアジア主要市場が資金の供給源としても機能しはじめたことで香港や台湾、さらに躍進するブラジルなどの新興国の資本市場でも預託証券発行の動きが広がりつつあります。
ただ預託証券取引の中心は、市場がより整備され多様な市場参加者が集う米国をおいて現在のところほかにありません。たとえば2010年の預託証券による資金調達額の内訳によると、調達額全体の8割近くが米国のニューヨーク証券取引所およびナスダック市場を通じたものでした。
外国の企業が資金調達を伴う預託証券を発行する場合は、多数の投資家が参加する厚みのある市場で行うほうが有利です。ADRの発行条件は厳しい水準にありますが、高い障害を乗り越え個人を含めた幅広い資金の出し手に対して預託証券の募集を行うことで、より望ましい資金調達を実現できる可能性が高まります。
欧州での預託証券の発行は機関投資家などが主要な取引者となっている場合もあり、銘柄数が多くても活発に取引される銘柄が限られているというのが現状です。また新興国の株式市場が急速に発展していますが、投資家が預託証券を主要な投資対象として取引できるような環境が整備されるまでには、様々な制度改正が求められ長い時間が必要となるでしょう。
つまり世界各国の成長企業が預託証券を発行する場所としては、現状のところ成熟した米国市場が最も優れていると考えられるのです。
2000年以降、米国での預託証券の取引は順調に拡大しています。
2010年における米国預託証券の取引の状況をみても、出来高ベースでは過去最高だった2008年の水準を突破するほど、活発に取引が行われています。
この年は景気回復の足取りが重く米国株式市場も年後半までは鈍い動きが続いた一方、内需拡大が続き景気悪化が限定的だった新興国の株式市場は好調に推移していました。さらに先進国で大規模な金融緩和策が行われたことも追い風となり、米国の投資家にとって最も身近な海外資産でもあるADRが資金の受け皿の一つとなり活発に取引されることになりました。
2010年でのADR売買代金上位10社のうち、半分以上が中国やブラジルなどの新興国の企業が発行したADRによって占められたのには、こうした背景があったのです。
銘柄名 | 国 | 売買代金 (10億ドル) |
---|---|---|
バイドゥ | 中国 | 249.4 |
BP | 英国 | 225.5 |
ヴァーレ(普通株) | ブラジル | 179.8 |
ペトロブラス(普通株) | ブラジル | 160.7 |
テバ ファーマシューティカル | イスラエル | 89.7 |
BHPビリトン | オーストラリア | 75.4 |
ノキア | フィンランド | 73.9 |
ペトロブラス(優先株) | ブラジル | 64.3 |
ヴァーレ(優先株) | ブラジル | 63.1 |
イタウ ユニバンコ | ブラジル | 63 |
米国の投資家でもADRを活用している投資家が、金融機関や年金などの機関投資家です。機関投資家の場合、運用を行うにあたり想定されるリスクを管理することを重視しています。このため機関投資家は守らなくてはならない数々の制約の中で運用を行っていることが多く、海外資産に投資妙味が期待できたとしても、そのルールを守るために適切と思われるタイミングで資金を投じることができない場合があります。
しかしADRであれば、米国の株式市場に上場される米国企業の株式と同様の取扱いがなされるため、内部の規定などで投資が妨げられることは回避されます。ADRの銘柄も年々充実してきたことや、米国で取引されるADRは流動性や時価総額も一定水準はあり、海外資産投資にあたってADRは取り組みやすい商品となったのです。
こうした背景からADRを保有する米国の機関投資家の数と、その保有金額は他の国を寄せ付けないほどの高い水準にあります。バンク オブ ニューヨーク メロンの試算によると、米国投資家の海外株式保有額全体の約26%にあたる1.1兆ドル(88兆円)は預託証券に投じられています。
米国ではすでに投資家の海外資産投資がリーマンショック前後の低迷を乗り越え増加に転じています。今後新興国の成長期待などが高まり、海外資産投資に資金が振り向けられることになれば、米国の投資家によるADRの取引は拡大するものとみられます。
国名 | 機関投資家数 | 保有残高 |
---|---|---|
米国 | 2,061 | 507 |
英国 | 181 | 97.4 |
カナダ | 122 | 19.4 |
フランス | 67 | 8.8 |
ドイツ | 87 | 6.7 |
シンガポール | 31 | 5.6 |
スウェーデン | 31 | 5.3 |
スイス | 102 | 5 |
オランダ | 19 | 5 |
先進国が成熟期を迎え、人口大国がひしめく新興国の台頭。それらを背景に激変する世界経済と、その写し鏡となる世界の資本市場。投資家の資金が国境を越え、有望な投資対象を求めて世界の市場を駆け巡る時代が到来したことで、ADR取引が拡大したのは必然だった考えられます。
海外資産投資に起こり得る様々な障害やリスクを低減するとともに利便性を両立し、米国株式市場から海外の有力企業に投資できるインフラを構築したADRの功績は計り知れません。
すでにADRの活用は、すでに成長段階が終息した先進国ではなく、成長を続ける新興国にバトンタッチされています。優れた投資機会を生かすために資金調達を必要とする新興国の企業と、有望な投資対象を追い求める先進国の投資家がADRを通じて相互にメリットを享受する構図は、少なくとも新興国の成長が一段落するまでは維持されると考えられます。
今後はBRICsなどの代表的な新興国だけでなく、成長著しい東南アジアや南米、アフリカなど次代の新興国を基盤とする企業がADRの発行を進めるとみられることから、米国株式市場を通じて世界各国の有望企業に投資できる時代が近い未来に実現されるかもしれません。
資本市場のグローバル化が加速する中、資本市場の国際化が進められるとすれば、ADRは効果的かつ効率的な投資ツールとしてさらに活用される場面が広がるものと期待されます。
米国株式等の取引にかかるリスク
米国株式等は、株価(価格)の変動等により損失が生じるおそれがあります。また、為替相場の変動等により損失(為替差損)が生じるおそれがあります。株価指数連動型上場投資信託(ETF)は、連動を目指す株価指数等の変動等により損失が生じるおそれがあります。
米国株式等の取引にかかる費用等
米国株式等の委託手数料は、26.25米ドル/1回(1,000株まで)がかかります。1回の取引が1,000株超の場合は1株ごとに2.1米セント追加されます。売却時は通常の手数料に加え、SEC Fee(米国現地証券取引所手数料)が約定代金1米ドルあたり0.0000192米ドル(米セント未満切り上げ)。
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